プロンプトエンジニアリングの自動化: プロンプト最適化手法の最前線

近年、大規模言語モデル(LLM)の登場により、自然言語処理の分野は大きく変革を遂げました。LLMの能力を最大限に引き出すためには、プロンプトエンジニアリングが不可欠であり、その重要性はますます高まっています。
プロンプトエンジニアリングとは、モデルの挙動を誘導するために、入力文を戦略的に設計する技術です。一般的に、プロンプトの設計は手動で行われていますが、この方法には専門知識への依存や入力形式に対する過敏さ、変化への対応の難しさといった課題が存在します。
これらの課題を克服するために、自動プロンプトエンジニアリングという新しいアプローチが注目されています。自動プロンプトエンジニアリングは、最適化の視点からプロンプト設計を捉え、進化戦略、強化学習、メタ学習などの手法を用いて、自動的にプロンプトを最適化します。
今回は、自動プロンプトエンジニアリングの概要、最適化手法、そして今後の課題について解説します。
自動プロンプトエンジニアリングの概要
自動プロンプトエンジニアリングは、大規模言語モデル(LLM)や Vision Language Model(VLM)の性能を最大限に引き出すために、プロンプト設計を自動化する技術です。従来の手動プロンプトエンジニアリングが抱える課題を解決し、スケーラビリティ、適応性、クロスモーダルアラインメントの向上を目指します。
Optimization Spaces(最適化空間)
自動プロンプトエンジニアリングでは、プロンプトを離散変数、連続変数、またはそれらの混合変数として扱います。
- 離散変数:自然言語の指示、思考、事例 など、人間が解釈可能な要素を組み合わせます。
- 連続変数:ソフトプロンプト と呼ばれる、モデルの埋め込み空間内の学習可能なベクトルを利用します。
- 混合変数:離散変数と連続変数を組み合わせ、それぞれの利点を活用します。例えば、指示や事例と学習可能な埋め込みベクトルを組み合わせることで、よりロバストで適応可能なプロンプトを設計できます。VLMにおいては、空間領域と連続的なアラインメントベクトルを組み合わせることが考えられます。
Objective Functions(目的関数)
プロンプトの最適化は、タスク固有のパフォーマンスメトリクスを最大化する問題として定式化されます。目的関数は、モデルの予測と正解との品質を測るパフォーマンスメトリックとして定義されます。
- 下流タスク:指示誘導、テキスト分類、数学的推論、常識推論、マルチホップ推論、ドメイン固有タスク、マルチモーダルタスクなど、さまざまなタスクに応じてがインスタンス化されます。
- 制約付き目的関数:プロンプト編集やプロンプト圧縮など、タスク固有のメトリックを最大化するだけでなく、構造的または意味的制約を満たす必要のあるシナリオも存在します。
Optimization Methods(最適化手法)
自動プロンプトエンジニアリングでは、以下の代表的な計算パラダイムが用いられます。
- FM-based Optimization:大規模言語モデル(LLM)をメタオプティマイザとして利用し、プロンプトを洗練します。
- Evolutionary Computing:遺伝的アルゴリズム(GA)進化戦略を用いて、プロンプトの組み合わせ空間を探索します。
- Gradient-Based Optimization:勾配を利用してプロンプトを最適化します。離散トークンの勾配近似や、ソフトプロンプトの勾配降下法などが含まれます。
- Reinforcement Learning:プロンプト設計を強化学習(RL)問題として捉え、報酬を最大化するようにプロンプトを更新します。

プロンプト最適化手法
自動プロンプトエンジニアリングでは、さまざまな最適化手法を用いて、プロンプトの性能を向上させます。ここでは、代表的な手法であるFM-based Optimization、Evolutionary Computing、Gradient-Based Optimization、Reinforcement Learningについて解説します。

FM-based Optimization (基盤モデルに基づく最適化)
FM-based Optimizationは、大規模言語モデル(LLM)をメタオプティマイザとして活用し、プロンプトを洗練する手法です。LLMにプロンプトの修正方法を指示するメタプロンプトを使用し、反復的な改善を行います。
- Heuristic Meta-Prompt (ヒューリスティックなメタプロンプト)
- Automatic Meta-Prompt Generation (自動メタプロンプト生成)
- Strategic Search and Replanning (戦略的探索と再計画)
- 明示的な探索戦略を組み込み、プロンプトの最適化を行います。
- 例えば、APE は、LLMが提案する候補プロンプトのプールから、タスクのパフォーマンスを最大化するプロンプトを選択します。
- PromptAgent は、モンテカルロ木探索(MCTS)を用いて、専門家レベルのプロンプトの組み合わせ空間を探索し、ユーザーからのフィードバックを価値シグナルとして最適化します。
Evolutionary Computing (進化計算)
Evolutionary Computingは、プロンプト最適化を遺伝的または進化的プロセスとしてモデル化する手法です。プロンプトを生物の「個体」として扱い、突然変異や交叉などの操作を加えて次世代の個体を生成し、より高い適合度(パフォーマンスメトリック)に基づいて生存させます。
- Genetic Operators and Heuristics (遺伝的オペレータとヒューリスティクス)
- Self-Referential Evolution (自己参照進化):
- LLM自身を進化オペレータとして活用します。
- 例えば、EvoPrompt は、LLMに候補となる突然変異を提案させ、適合度に基づく選択手順と組み合わせます。
- Promptbreeder は、タスクプロンプトと突然変異プロンプトを共同で進化させます。突然変異プロンプトは、親プロンプトを突然変異または交叉させる方法を指定するための指示文です。
Gradient-Based Optimization (勾配に基づく最適化)
Gradient-Based Optimizationは、古典的な最適化原理に基づいてプロンプトを最適化する手法ですが、離散トークンは直接微分できないため、一般的に困難です。
- Discrete Token Gradient Methods (離散トークンの勾配法)
- クローズドソースの基盤モデルでは、直接的な勾配アクセスが利用できないため、代替ソリューションが必要となります。
- 例えば、HPME は、学習された連続埋め込みを各反復で離散トークンに投影し、ソフト勾配更新と最近傍トークンマッチングをブレンドします。
- AutoPrompt は、Masked Language Modeling のシナリオで、正しいラベルへの勾配を最大化するトークンを追加してプロンプトを構築します。
- Soft Prompt Tuning (ソフトプロンプトチューニング)
- プロンプトを学習可能なベクトルのセットとして扱い、入力の埋め込みと連結します。
- Prefix-tuning は、言語モデルの隠れ状態に学習可能なプレフィックスベクトルを付加し、少数の学習可能なパラメータのみを必要とします。
- Prompt-Tuning は、同様に学習可能な埋め込みを入力層に追加し、大規模モデルのスケーラビリティの利点を活用します。
Reinforcement Learning (強化学習)
Reinforcement Learningは、プロンプト設計を強化学習問題として捉え、報酬を最大化するようにプロンプトを更新する手法です。
- Prompt Editing as RL Actions (RLアクションとしてのプロンプト編集)
- Multi-Objective and Inverse RL Strategies (多目的および逆RL戦略)
- 他のRLアプローチとして、複数の目的や部分的なフィードバックに対応する手法が提案されています。
- Prompt-OIRL は、オフライン逆強化学習を用いてクエリに特化した報酬モデルを学習し、基礎モデルとの頻繁なやり取りを必要とせずに最適なプロンプトを選択します。
- MORL-Prompt は、多目的強化学習の手法を応用することで、文体と精度といった相反する報酬関数の最適化を実現します。
- MAPO は、モデル適応型プロンプト最適化によって教師あり学習と強化学習を組み合わせ、各対象基礎モデルに合わせてパラメータを調整することで、様々な下流タスクにおいて顕著な性能向上を実現しています。
今後の課題
自動プロンプトエンジニアリングは発展途上の分野であり、解決すべき課題が数多く残されています。ここでは、今後の研究開発の方向性を示す主要な課題について解説します。
- 制約付き最適化
- 従来の手法では、意味的または倫理的な制約が十分に考慮されていない場合があります。
- 人間の価値観、リソースの制約、読みやすさを考慮した探索メカニズムの構築が求められています。
- これらの制約を数学的な条件として形式化し、柔軟性や言語品質を維持しながら探索アルゴリズムを設計する必要があります。
- マルチタスクプロンプト最適化
- タスク間に存在する共通の構造を効果的に活用することが重要です。
- タスク間のプロンプトの類似性をどのように定義するかが課題となっています。
- 負の転移を防ぎつつ、汎化性能と適応性の向上を図る必要があります。
- あるタスクでの性能向上が他のタスクの性能低下を引き起こす可能性があるため、これらのトレードオフを適切に扱うための堅牢なフレームワークが必要です。
- オンラインプロンプト最適化
- 既存の手法はオフライン環境を想定する傾向にありますが、実際のユーザーの意図は時間とともに変化する可能性があります。
- 非定常な環境において安定した性能を維持できるアルゴリズムの開発が求められています。
- オンラインでの更新を前提とすると、高次元プロンプト空間における離散的な探索がより複雑になります。
- リアルタイムでのユーザーフィードバックは新たな不確実性をもたらすため、より高度な収束性の解析が必要となります。
- 多目的プロンプト最適化
- 精度と解釈可能性といった相反する目標の適切なバランスを取る必要があります。
- 既存研究の多くは単一の評価指標に基づく最適化を行っており、人間中心の選好が考慮されていません。
- パレート最適化や多基準意思決定の導入が有望な解決策となります。
- ゲーム理論的なアプローチにより、ユーザー集団内外での目的の競合を調整できる可能性があります。
- 異種モダリティ最適化
- 現状の研究は主にテキストに焦点を当てており、コンピュータビジョン分野におけるプロンプト(バウンディングボックスやピクセルレベルのアノテーションなど)については、十分な研究がなされていません。
- モダリティ間の相互作用についてより深い理解が必要です。
- 多様なプロンプト表現を統合するために、多様体やグラフに基づくツールの開発が求められる可能性があります。
- バイレベルプロンプト最適化
- OpenAI-o1やDeepseek-R1のような段階的な思考を行うモデルでは、推論の全過程が高次のコントローラーとしてのプロンプトに依存しています。
- プロンプトのわずかな変更が推論の流れを大きく変える可能性があり、従来のプロンプト最適化手法の適用が困難です。
- これらの階層的なシステムにおける安定な平衡状態の存在や、プロンプトの微小な変化に対する感度については未解明です。
- 多層最適化の手法を応用することで、平衡状態の存在と一意性に関する条件を明らかにできる可能性があります。
- より広範な応用シナリオ
- マルチターンエージェントシステムでは、プロンプト最適化が逐次的な意思決定問題へと拡張され、非定常性がより複雑になります。
- マルチエージェントシステムにゲーム理論的な要素を導入することで、協調および競争における均衡の概念がより重要になります。
- 強化学習やAI4Scienceなどの特定分野向け大規模モデルでは、通常のプロンプト最適化では扱えない領域固有の制約が存在するため、理論的な適応が必要となります。
おわりに
今回は、自動プロンプトエンジニアリングの最適化理論に基づいた基礎を概説しました。離散、連続、ハイブリッドなプロンプト空間を対象とした手法を統合し、命令、ソフトプロンプト、模範といった変数を統一的な理論原則の下で体系的に最適化する方法を紹介しました。また、タスク目標の分類と、基盤モデルをオプティマイザとして捉える統一的な視点、進化計算、勾配ベース、強化学習による手法を提示しました。
今後は、マルチレベル、多目的、オンライン最適化をより緊密に統合することが、新たな基盤モデルのプロンプト設計を形成する上で重要になります。特に、今後の改題で触れた内容に取り組むことで、自動プロンプトエンジニアリングはさらに発展することが期待されます。
More Information
- arXiv:2502.11560, Wenwu Li, Xiangfeng Wang, Wenhao Li, Bo Jin, 「A Survey of Automatic Prompt Engineering: An Optimization Perspective」, https://arxiv.org/abs/2502.11560