「AI Agent vs. Agentic AI」: AIの進化形態を徹底解説

AI技術は目覚ましい進化を遂げ、今やビジネスに深く浸透しています。日々の定型業務の自動化から、データに基づいた戦略立案に至るまで、AIはもはや欠かすことのできないツールと言えるでしょう。
このような中、最近「AI Agent(AIエージェント)」や「Agentic AI(エージェンティックAI)」といった新しい言葉を耳にする機会が増えてきました。これらは一体何を指し、なぜ今注目を集めているのでしょうか?
今回は、この話題に関する論文「AI Agents vs. Agentic AI: A Conceptual Taxonomy, Applications and Challenges」をもとに、これらの新しいAIの概念を解説します。
AIチャットボットの先にある「エージェント知能」
出発点としての「Generative AI(生成AI)」
AIの進化を語る上で、まず触れておきたいのが「Generative AI(生成AI)」です。ChatGPTに代表されるこれらのAIは、まるで人間が書いたかのような自然な文章を作成したり、斬新なアイデアを提案したりと、ビジネスシーンに大きなインパクトを与えました。資料作成のアシスタントとして、あるいは新しい企画のブレインストーミング相手として、その能力を実感された方も多いと思います。これらの生成AIは、与えた指示(プロンプト)に基づいて、テキスト、画像、音声といった様々なコンテンツを「生成」することに長けています。
生成AIの限界と「エージェント」登場の背景
しかし、非常に強力な生成AIにも、いくつかの限界が見えてきました。その一つは、基本的には「指示待ち」であるという点です。ユーザーが具体的な指示を与えない限り、自ら能動的に何かを始めることはありません。また、タスクを達成するために複数のステップが必要な場合、それを計画的に実行したり、外部のウェブサイトやデータベースからリアルタイムの情報を収集して活用したりすることも得意ではありません。
このような背景から、「もっとAIに自律的に、賢く動いてほしい」というニーズが高まってきました。単にコンテンツを生成するだけでなく、目標達成のために自ら考え、計画し、必要な情報を集め、時には外部ツールと連携しながらタスクを実行してくれるようなAI。この期待こそが、今回のテーマである「AI Agent」や「Agentic AI」といった新しいAIの概念を生み出す原動力となりました。これらは、従来のチャットボットや生成AIの能力をさらに一歩進め、より能動的で自律的な「エージェント知能」の実現を目指しています。
「AI Agent」とは?
AI Agentの基本
AI Agentとは、ひと言で言えば「特定のタスクを自律的に実行するために設計されたAIプログラム」です。最近話題の大規模言語モデル(LLM)などをその「頭脳」として搭載し、必要に応じて外部のツール、例えばカレンダーアプリ、社内データベース、あるいはウェブ検索といった機能と連携しながら、ユーザーから指示された作業をこなします。ここでは、AI Agentを「LLMやLIM(Language and Image Models)によって駆動される、特定のタスク自動化のためのモジュラーシステム」と定義します。
身近な例:スマートスピーカーの進化形?
一番身近なイメージとしては、スマートスピーカーの進化形を想像すると分かりやすいかもしれません。スマートスピーカーに「今日の天気は?」と聞けば、天気情報を教えてくれます。これは単純な指示に対する応答です。
AI Agentはさらに一歩進んで、例えば「明日の午前中に開催するプロジェクトAの進捗会議について、参加メンバー全員の空き時間を調べて、最適な時間を3候補提案し、会議室も予約して」といった、より複雑で一連の流れを持つタスクを自動で実行してくれるイメージです。
このAI Agentは、いわば「スマートサーモスタット」と表現できます。スマートサーモスタットは、ユーザーが設定した室温(特定の指示)に基づき、自律的に暖房や冷房を制御して室温を維持します。しかし、その機能はあくまで室温調整という限定的な範囲にとどまります。AI Agentも同様に、特定のタスクにおいては自律的に動作しますが、その能力は特化された範囲内でのものとなります。
AI Agentの3つの顔(主な特徴)
一般的な解説を踏まえると、AI Agentは主に以下の3つの特徴を持っていると言えます。
- 自律性 (Autonomy): 一度目標や指示を与えられれば、人間が逐一指示しなくても、ある程度の範囲で自律的にタスクを計画し、遂行します。
- タスク特化性 (Task-Specificity): メール作成、顧客からの問い合わせ対応、特定情報の収集・要約など、特定の業務やタスクに特化して設計されており、その分野で高い能力を発揮します。汎用的に何でもこなすというよりは、「専門家」のようなイメージです。
- 反応性 (Reactivity): タスクを実行している最中に状況が変化したり、新しい情報が入ってきたりした場合にも、それらを感知し、適切に対応しながらタスクを進めることができます。

ビジネスでのAI Agent活用シーン
AI Agentは、ビジネスの様々な場面での活躍が期待されています。
- カスタマーサポート: FAQへの自動応答はもちろん、問い合わせ内容を理解し、適切な情報を提供したり、必要に応じて人間のオペレーターにスムーズに引き継いだりします。
- パーソナルアシスタント: 大量のメールを自動で整理し、重要なものには返信案を作成する、複数の関係者のスケジュールを調整して会議を設定する、出張時の航空券や宿泊先を手配するなど、秘書業務を効率化します。
- データ収集・簡単なレポート作成: 特定の市場の最新トレンドに関するウェブ上の情報を定期的に収集し、その要点をまとめた簡単なレポートを自動で作成するといった業務が考えられます。

AI Agentのメリットと注意点
AI Agentを導入することには、多くのメリットが期待できます。
- 定型業務の大幅な効率化: 時間のかかる繰り返し作業や単純作業を自動化することで、従業員の負担を軽減します。
- 人的ミスの削減: 人間が行う作業にはつきもののケアレスミスを減らし、業務の正確性を向上させます。
- 創造的な業務への集中: 従業員が単純作業から解放されることで、より戦略的で創造的な業務に時間とエネルギーを集中できるようになります。
一方で、現在のAI Agentにはいくつかの注意点も存在します。
- 複雑な判断や長期的な戦略立案の限界: 高度な専門知識や、多角的な視点、長期的な視野が求められる複雑な意思決定や戦略立案は、まだ不得手な領域です。
- ハルシネーションのリスク: AI Agentの頭脳であるLLMは、時として「もっともらしい嘘の情報」を生成してしまう「ハルシネーション」という現象を起こす可能性があります。情報の正確性を常に検証する姿勢が重要です。
- 限定的な適応能力: 設計されたタスク以外の、想定外の状況や未知の課題に対しては、柔軟に対応できない場合があります。
「Agentic AI」とは?
Agentic AIの基本
「AI Agent」が個々のタスクをこなす専門家だとすれば、「Agentic AI(エージェンティックAI)」は、より壮大な目標を達成するために専門家たちが集結した「ドリームチーム」や、複雑な楽曲を演奏する「オーケストラ」に例えられます。
具体的には、Agentic AIとは、単一のAI Agentでは対応が難しい、より複雑で大規模な目標を達成するために、それぞれ異なる専門性を持つ複数のAI Agentが互いに情報をやり取りし、協調して動作するシステムやアーキテクチャ全体を指します。個々のAI Agentが持つ能力を巧みに組み合わせることで、1つのAI Agentだけでは得られない、より大きな力、つまり相乗効果を生み出すことを目指しています。ここでは、Agentic AIシステムを「マルチエージェント・コラボレーション、動的なタスク分解、永続的なメモリ、そして調整された自律性によって特徴づけられるパラダイムシフト」と定義します。

身近な例:スマートシティの管制システム?
Agentic AIのイメージを掴むために、少し大きなスケールで考えてみましょう。例えば「スマートシティ」の管制システムです。都市に設置された無数のセンサー(交通量、エネルギー消費量、大気の状態など)、信号機、公共交通機関の運行システムといった個々のスマートデバイス(これらも一種の特化型エージェントと見なせます)がリアルタイムに連携します。そして、都市全体の交通渋滞を緩和する、エネルギー効率を最適化するといった、個々のデバイスだけでは達成できない高レベルな目標に取り組む、そんなイメージです。
Agentic AIは、より身近な「スマートホームエコシステム」に例えることができます。家の中にある照明、エアコン、セキュリティシステム、さらにはエネルギー管理システムといった様々なデバイスやシステムが、単独で機能するのではなく、互いに連携します。これにより、住人の快適性を最大化する、家全体の安全性を高める、あるいはエネルギー消費を最小限に抑えるといった、より高度で複合的な目標を自動的に達成しようとします。
Agentic AIを支える4つの柱(主な特徴)
Agentic AIという壮大なシステムは、主に以下の4つの要素によって支えられています。
- マルチエージェント・コラボレーション (Multi-agent collaboration): 複数のAI Agentが、それぞれの専門知識や得意分野を活かして協力し合います。例えば、データ分析が得意なAgent、文章生成が得意なAgent、外部ツールとの連携が得意なAgentなどが、共通の目標に向かって連携するイメージです。
- 動的なタスク分解 (Dynamic task decomposition): 達成すべき大きな目標や複雑なタスクを、実行可能なより小さなサブタスクに自動的に分解します。そして、それぞれのサブタスクに最も適したAI Agentを割り当て、効率的に処理を進めます。状況の変化に応じて、このタスク分解や割り当てが柔軟に見直されることも特徴です。
- 永続的なメモリ (Persistent memory): 過去のやり取り、実行したタスクの結果、学習した知識などを長期的に記憶し、それを活用します。これにより、単なる一問一答に留まらず、長期的な文脈を理解した上での判断や、継続的な改善、よりパーソナライズされた対応が可能になります。
- 調整された自律性 (Orchestrated autonomy): 個々のAI Agentはある程度の自律性を持って動作しますが、それらがバラバラに動くのではなく、システム全体の目標達成に向けて調和が取れるように、「指揮者」のような役割が存在します。この指揮者(オーケストレーター)が、各Agentの活動を監視し、必要に応じて指示を出し、全体の調和を保ちます。
ビジネスでのAgentic AI活用シーン
Agentic AIは、その協調性と複雑なタスク処理能力から、ビジネスのより高度な領域での活用が期待されています。
- 研究開発の加速: 新薬の開発や新素材の探索といった複雑な研究プロジェクトにおいて、文献調査を行うAI Agent、実験計画を立案するAI Agent、実験データを分析するAI Agent、そして研究成果を論文としてまとめるAI Agentなどが連携し、研究開発のサイクルを大幅にスピードアップさせることが期待されます。
- サプライチェーン全体の最適化: 需要を予測するAI Agent、在庫を管理するAI Agent、最適な物流ルートを計算するAI Agent、生産計画を調整するAI Agentなどが、リアルタイムに情報を交換し連携することで、突発的な変化にも強く、無駄のない効率的なサプライチェーンの構築に貢献します。
- 高度なプロジェクト管理: 大規模なプロジェクトにおいて、複数のタスクの進捗状況、リソースの割り当て、潜在的なリスク評価などを、複数の専門AI Agentが協調して行い、プロジェクトマネージャーを強力にサポートし、プロジェクトを円滑に推進します。
- 個別化医療(パーソナライズド医療): 患者の遺伝情報、生活習慣、過去の病歴などを分析するAI Agent、最新の医学論文や治療法を検索するAI Agent、治療薬の組み合わせや副作用を予測するAI Agentなどが連携し、個々の患者に最適化された治療計画の提案や、より精密な健康管理アドバイスを行うことが期待されます。
Agentic AIのメリットと今後の展望
Agentic AIが本格的に導入されることで、以下のような大きなメリットが考えられます。
- 人間だけでは困難な複雑な問題解決: 膨大なデータと多様な要素が絡み合う、人間だけでは処理しきれないレベルの複雑な問題に対して、解決の糸口を見つけ出す可能性があります。
- 部門横断的な業務プロセスの全自動化: これまで部門ごとに最適化されていた業務プロセスを、Agentic AIが全体を俯瞰して連携させることで、企業全体の業務効率を飛躍的に高めることができます。
- 予期せぬ課題への適応力向上: 状況の変化や未知の課題に対して、複数のAI Agentが協調し、学習し、適応することで、より柔軟でレジリエントな(変化に強い)ビジネスオペレーションを実現します。
- 今後の展望: Agentic AIは、将来的には、より自律性を高め、外部環境の変化や内部の状況に応じてシステム自身が学習し、自己進化していくような、真にインテリジェントなビジネスオペレーションシステムへと発展していく可能性があります。これにより、イノベーションの創出サイクルが劇的に早まり、ビジネスのあり方そのものを変革するポテンシャルを秘めていると言えるでしょう。
「AI Agent」と「Agentic AI」: 結局何が違うの?どう使い分けるべき?
ここまで「AI Agent」と「Agentic AI」についてそれぞれ見てきましたが、両者は具体的に何が異なり、ビジネスの現場ではどのように使い分けて考えれば良いのでしょうか。その違いと使い分けのポイントを整理してみましょう。
一番の違いは「個」か「チーム」か
最も分かりやすい違いは、その活動の単位です。
- AI Agent: 特定の専門スキルを持った「個人事業主」や一芸に秀でた「専門家」のような存在です。任された特定のタスクを自律的にこなすことに長けています。
- Agentic AI: 共通の大きな目標に向かって、様々な専門性を持つAI Agentたちが協力し合う「専門家チーム」や、多様な楽器の音を調和させて一つの楽曲を創り上げる「オーケストラ」に例えられます。個々の力を結集し、より大きな成果を目指します。
一般的に、AI Agentは「特定のタスクに特化した自動化のためのモジュラーシステム」とされているのに対し、Agentic AIは「マルチエージェントの協力、動的なタスク分解、永続的な記憶、調整された自律性によって特徴づけられる」と説明されること多いです。

スコープと複雑性で考える
どちらのAIを選ぶべきかは、解決したい課題のスコープ(範囲)と複雑性によって変わってきます。
- AI Agentが適しているケース:
- メールの自動仕分けや返信案の作成
- 会議のスケジュール調整
- 特定のウェブサイトからの定期的な情報収集と要約
- FAQに基づく顧客からの問い合わせへの一次対応 このように、比較的単純で定型的なタスクの自動化や、特定の業務範囲における支援を求めるのであれば、AI Agentが有効な選択肢となります。
- Agentic AIを検討するケース:
- 新製品開発における市場調査から設計、テスト、マーケティング戦略立案までの一連のプロセス支援
- グローバルなサプライチェーンにおける需要予測、生産調整、在庫管理、物流最適化のリアルタイム連動
- 複数の部門が関わる大規模プロジェクトの進捗管理、リソース配分、リスク分析の統合的実施
- 患者一人ひとりの特性に合わせた治療法の探索、副作用の予測、生活習慣改善の提案といった複雑な医療支援 このように、複数の専門知識や工程が複雑に絡み合うプロジェクトや、システム全体の最適化、あるいは部門横断的な高度な連携を目指すのであれば、Agentic AIの導入を検討する価値があります。

アーキテクチャ(構造)の違い
その活動単位やスコープの違いは、システムとしての構造(アーキテクチャ)の違いにも現れます。
- AI Agent: 基本的には、一つのAIモデル(多くはLLM)を中核とし、必要に応じて外部のツール(カレンダー、データベース、ウェブ検索など)と連携する比較的シンプルな構成です。
- Agentic AI: 複数の専門化されたAI Agentが協調して動作するための基盤が必要です。これには、Agent間の効率的な情報伝達のための通信プロトコル、大きなタスクをサブタスクに分解し各Agentに割り当てる機能、そしてシステム全体の動きを統括し調和させるための「オーケストレーション機能」など、より複雑で階層的なシステム構造を持ちます。
自律性のレベルと連携の必要性
自律性と連携のあり方も、両者を区別する重要なポイントです。
- AI Agent: 任されたタスクの範囲内においては、ユーザーからの逐一の指示なしに高い自律性を発揮します。しかし、その活動は基本的に自己完結型であり、他のシステムやAgentとの積極的な連携は限定的です。
- Agentic AI: 個々のAI Agentが持つ自律性に加えて、それらが効果的に連携し、情報を共有し、協調して行動することが不可欠です。各Agentの自律的な判断と、システム全体の目標達成とのバランスを取るための「調整された自律性」が求められます。
これらの違いを理解することで、自社が抱える課題や目指すゴールに対して、どちらのAIアプローチがより適しているのか、あるいはAI Agentの導入から始めて将来的にAgentic AIの構築を目指すといった段階的な導入計画を立てるなど、より明確な戦略を描くことができます。
エージェントAIの課題
AI AgentもAgentic AIも、ビジネスに大きな変革をもたらす可能性を秘めていますが、その実現にはまだ乗り越えるべきいくつかの課題が存在します。
AI Agentの課題
個々のタスクを実行するAI Agentには、主に以下のような課題が指摘されています。
- 限定的な理解力: AI Agentは、特に複雑な文脈や、言葉の裏に隠された微妙なニュアンス、そして物事の「なぜそうなったのか」という因果関係を深く理解する能力にはまだ限界があります。例えば、皮肉やユーモアを正しく解釈できなかったり、複数の情報から論理的に複雑な推論を行うことが苦手だったりする場合があります。一般的に、「文脈理解と推論の限界」や「曖昧さやニュアンスの扱いの難しさ」が課題として挙げられています。
- ハルシネーションと出力の不安定さ: 大規模言語モデル(LLM)を搭載したAI Agentは、時として「ハルシネーション」と呼ばれる、もっともらしい嘘の情報を生成してしまうことがあります。また、ユーザーからの指示(プロンプト)の出し方によって、出力される結果の質や内容が大きく変わってしまう「不安定さ」も課題です。これにより、常に信頼性の高い結果を得ることが難しい場合があります。「ハルシネーションと信頼性」「プロンプトへの感度と脆弱性」が重要な課題とされています。
Agentic AIの課題
複数のAI Agentが協調して動作するAgentic AIは、その複雑さゆえに、AI Agentとは異なる次元の課題も抱えています。
- 「チームワーク」の難しさ: 人間のチームでも難しいように、複数のAI Agent間でいかに効率的に情報を共有し、スムーズに意思疎通を図り、足並みを揃えて協調して動くか、という調整は非常に複雑な課題です。各Agentが持つ情報や判断が衝突した場合にどう解決するか、全体の目標達成に向けてどのように役割分担やリソース配分を最適化するかなど、高度な「チームワーク」が求められます。
- 予期せぬ振る舞い(創発的行動)のリスク: 個々のAI Agentは設計通りに正しく動作していたとしても、それらが相互に作用し合うことで、システム全体として設計者が意図していなかった、予期せぬ振る舞いや問題(創発的行動)を引き起こす可能性があります。これは、特に複雑で大規模なAgentic AIシステムにおいて顕著なリスクとなります。
- 管理とデバッグの複雑性: システムが大規模かつ複雑になればなるほど、その全体像を把握し、適切に管理・運用することが難しくなります。また、問題が発生した際に、その原因が多数のAI Agentのどの部分の、どのような相互作用に起因するのかを特定し、修正する(デバッグする)作業は極めて困難になる可能性があります。
- セキュリティと倫理: 自律的に動作する複数のAI Agentが広範なデータにアクセスし、外部システムと連携するAgentic AIでは、セキュリティ侵害のリスクがより深刻になります。また、システムが下す判断や行動が倫理的に許容されるものか、万が一問題が発生した場合の責任の所在をどうするのか、といった倫理的な課題もより重要かつ複雑になります。
課題解決への挑戦
これらの課題を克服し、より堅牢で信頼性の高いエージェントAIを実現するために、以下のようなアプローチや研究開発の方向性が示されています。
- RAG (Retrieval-Augmented Generation): AIが回答を生成する際に、事前に信頼できる外部の知識データベースや文書を参照する仕組みです。これにより、AI Agentの知識を最新の状態に保ち、ハルシネーションを抑制し、回答の正確性や根拠の提示能力を高めることを目指します。
- ReAct (Reasoning and Acting) ループ: AIが「思考(Reason)」と「行動(Act)」、そしてその結果を「観察(Observe)」するというサイクルを繰り返すフレームワークです。これにより、AI Agentはより慎重に段階を踏んでタスクに取り組み、複雑な問題に対してもより正確な判断を下せるようになると期待されます。
- オーケストレーション技術の進化: 複数のAI Agentの活動を効率的に管理し、協調動作を円滑に行うための「指揮者」の役割を担うオーケストレーション技術の研究開発が進んでいます。タスクの割り当て、Agent間のコミュニケーション、リソース管理などを最適化し、システム全体のパフォーマンス向上を目指します。
- 因果推論の導入: AIが単に相関関係だけでなく、「何が原因でその結果になったのか」という因果関係を理解できるようにする研究です。これにより、AI Agentの推論能力を高め、より深い洞察や信頼性の高い判断を可能にすることを目指します。
- 永続的な記憶アーキテクチャの強化: AI AgentやAgentic AIシステムが、過去の経験や学習結果をより効果的に長期間記憶し、それを活用して継続的に学習・成長していくための記憶の仕組み(アーキテクチャ)の開発が進められています。これにより、長期的な文脈理解や適応能力の向上が期待されます。
これらの技術的アプローチに加え、人間による監視や介入を適切に組み合わせる「Human-in-the-Loop」の考え方や、AIの意思決定プロセスを透明化し説明可能にするための研究も、エージェントAIの信頼性と社会受容性を高める上で重要とされています。

おわりに
本記事では、論文「AI Agents vs. Agentic AI: A Conceptual Taxonomy, Applications and Challenges」を基に、AIの新たな進化形態である「AI Agent」と「Agentic AI」について解説してきました。これらは単なる技術的な流行語ではなく、これからのビジネスのあり方を大きく変える可能性を秘めた、非常に重要な技術トレンドと言えるでしょう。
大切なのは、自社が抱える課題や目指す将来像に応じて、AI Agentによる個別タスクの効率化から、Agentic AIによるシステム全体の変革まで、適切なAI活用のアプローチを選択することです。
確かに、これらの技術はまだ発展途上にあり、克服すべき課題も少なくありません。しかし、その進化のスピードは驚くほど速く、日々新たな可能性が切り拓かれています。ビジネスパーソンとして、これらの新しいAIの動向を常にキャッチアップし、自社のビジネスにどのように活かせるかを考え続けることが、変化の激しい時代を勝ち抜くための鍵となるはずです。
論文が目指すように、今後、より堅牢で、スケーラブル(拡張可能)で、そしてその判断根拠が人間にも理解しやすい「説明可能なAIシステム」の開発が進むことで、AI AgentとAgentic AIは私たちのビジネスを、よりスマートで創造的なものへと導いてくれることでしょう。
More Information
- arXiv:2505.10468, Ranjan Sapkota, Konstantinos I. Roumeliotis, Manoj Karkee, 「AI Agents vs. Agentic AI: A Conceptual Taxonomy, Applications and Challenges」, https://arxiv.org/abs/2505.10468